千原ジュニアの許せない話と、矢作兼の許せない話の違い

 先日、「人志松本の○○な話」の「許せない話」で千原ジュニアが披露した許せない話が、2chなどで批判の的になったという。その内容がこちらだ。

つい先日、ちょっとまあ、ひと悶着、ってわけでもないんですけど、まあ美術館で、まあ……絵を、見てたんですよ。ほんでバーッと、まあ、見てたんです。で、何気なくフリスクを、一個ね、食べるや否や、
「(強い口調で)ご飲食はおやめくださーい!!」
…え? いやいやいやいや。…フリスクですよ? 「ご飲食は禁止されてるので、おやめくださーい!!」。…おいまじか? お前それマジで言うてんの? じゃああそこのおっさん爪噛んでるな? あれ、注意せいと。「(係員の真似で変な顔しながら)うぅうぅん…」。なんなんでしょうあのマニュアル。ハンバーガーそれこそ食うてるなら分かりますよ。フリスクですよ。もう愕然としましたよ。

 言っていることは分かるが、やはり私も「それは自分のルールを強制しすぎじゃないか?」と感じた。それが絶対正しいってわけでもないし、そもそもひと悶着起こすのって常識なくない? のような印象を持ってしまう。もっとどうにかならないかねえ? と思っていた。
 そしてその数日後、おぎやはぎのラジオ「メガネびいき」で、おぎやはぎの矢作が、「許せない話があった」という触れ込みで一つの話をした。そしてその話し方が、非常に常識的かつ紳士的で、なおかつおもしろいものだったため、ここで紹介したいと思う。
 ラジオ冒頭、何かエピソードある? という話題から。

矢作:兼矢作の許せない話的なのありましたよ
小木:(笑)
矢作:人志松本の許せない話じゃないですけど
小木:うん、兼矢作のほうの
矢作:これちょっと、これラジオでちょっと話そうかなって、途中タクシー乗ってるときに思ったくらいですよ。
小木:おーそこまで
矢作:うん
小木:ラジオで言うのもちょっとヤバいんじゃないかくらいの
矢作:いやいや、やっぱ、ラジオっていうのはね、僕結構タクシーに乗るたびに、五人に一人二人くらいに言われますからね、JUNKラジオ聞いてるって。
小木:聞いてるって? ああそう
矢作:それくらい運転手さん聞いてるんでね

 そしてここから、こんな話をする。CMの撮影で調布に行かなきゃいけない。しかし、車を点検に出していたため、タクシーで行くことにした。ちゃんとしたルートで行けば十五〜三十分で着く。正しいルートだと、永福町という入り口に側道から行かなきゃいけないが、運転手は上に乗ってしまった。そこで運転手は、「やっちゃった」と言いミスを認めた。
 そこから、運転手はそこからスピードを上げ、「このままじゃいけないから、高井戸から乗ります」と言った。でもそのとき、矢作は「高井戸からは、降り口しかなくて乗り口ないんじゃないか?」と思ったという。そして、ある程度走ったところで、高井戸に着く前に、急に細い道に入って戻り始めた。「どこ行くんですか?」と聞くと、なんと、一回無視した。もう一度、「高井戸、乗り口ないですよね?」と聞くと、運転手は「ありませんでした!」と返事。戻ったあと、ちゃんとナビを見て進み始める。しかし、また、ミスを。ナビに「左に曲がります」と言う表示が出ていたが、気づいたときには左に曲がるポイントを過ぎていた。急いで次の曲がり角で左に曲がったが、駅のロータリーでそれ以上進めなかった。さらに、何とか進んだ後にあった踏み切りも、上に越せるところがあるのに下から行き、踏み切りで十分くらい待ったと。結果物凄いロスをしたという。

矢作:で、この感じをどうするんだろうと。俺も途中で、これ酷いなーと思いつつ、運転手さんに注目してたわけ。
小木:はい、そこちょっと委ねたいよね、どうすんのかなと。
矢作:一応三十分で着くところを、一時間十分かかってます。
小木:あららら
矢作:はい
小木:確かに結構な遅刻でしたよ、あのときは
矢作:そうですそうですよ。で、料金、8210円なんですが、私、これはもう怒るとかはしませんよ。ね。委ねました! なんて言うか。
小木:どうくるかだよね
矢作:どうくるかですよね。で、待ってたら、レシート、バーって出して、特に何も言わない。
小木:お、レシートだした?(笑)
矢作:出しました。で、特に何も言わない
小木:うん
矢作:で、何も言わないから、まず8000円、出しました。
小木:うん
矢作:したら、「あ、210円結構です」
二人:(笑)
矢作:いやいやいやと
小木:うわうわそれ、いらっとするわー
矢作:僕もそんな、まけろとは言わないですよ。ただこれは本人のね、別に、例えば、半額でいいですよ、とか。
小木:普通はなりますよ。
矢作:なんせ一時間十分かかってますから。
小木:すごいだってね、ロスをしてるわけだから、もしかしたら穴あけちゃう可能性ったわけだ、仕事によっては
矢作:そうですよ、でも僕一切言わなかったですよ。
小木:でもね、仕事で使ってるって分かってるわけだから、半額か、まあ無しでもいいって言ってくれるのもいいですよね。そのくらいの気持ちは欲しいですよね。こっちも「それは悪いですよ」、っていいますけど
矢作:そうなんですよ、それもちょっと210円まけたことを、「いいっすよいいっすよ」的なノリなのよ。
小木:うわーむかつくわー
矢作:これちょっと許せる?
小木:許せない。だってそのロス自体210円どころのロスじゃないもん。
矢作:いや、俺はその時間とその価値を考えたら210円じゃないと思うよ。
小木:全然違うと思います
矢作:でもこっちからはいえないよ。
小木:いえないねえ

 サラッと出ている、「この後仕事で遅刻になっている」ということを、運転手に言っていない、というところがさりげなくすごい。大人。
 ここから、ヤバイ!ってなってるときに、運転手が「矢作さんってゴルフうまいんですよね〜」とご機嫌取りしたのが更に腹が立ったという話。で、ここから芸人の性(さが)について。

矢作:芸人の性と言うか、あれだね、関係なかったら、冗談じゃねえよ、こんなに遅れてね、なにしてんだ!とか言いたいよね。
小木:言いたいねそこはほんとは
矢作:しかもお金もさ、なんか、そんなん払えるか、とか。ただ、それ言っちゃうと、俺話せないじゃん。ラジオで。払わないと。
小木:うん、そうなのよ
矢作:だから払っちゃうの。やな性だよねー
小木:やな性ですよ、とりあえずそうしなきゃいけないんだよね、どんなにイラついてても。
矢作:そう
小木:払わないのも正当っぽいよね、まあ、正当っていうか…
矢作:正当じゃないけど、文句は言えるよね。そこでごねたりしたらかっこ悪いしアレだけど。

 このように、自分がある程度正しいと思っていても、それを押し付けず、怒鳴ったりせずに事を終わらせる。行動はきちんと、運転手さんに任せる。そこの紳士的な部分。さらに、あくまで「払わない」ということは決して「正当」ではない、ということをしっかりとアピールする。その上で、「俺はこうして欲しかった」という、イライラした文句や愚痴を話す。というスタイル。
 これだけでもすごいなあと思うのだが、更にここから話が続く。

矢作:あいつむかつくなぁ〜と思ってイライラしてたら、俺を救ってくれたのが爆笑の田中さん。
小木:うん、なに? 田中さん?
矢作:田中さんから珍しくメールが来たわけ。ね? 今週の土曜日、ゴルフ行かない? つって。ナイナイの岡村と行くんだけど、二人いて、一緒に行かない? みたいなメールが入ってきたわけ。
小木:うん
矢作:で、俺ちょうど土曜日ゴルフいけるから、「お、ラッキー」と思って、「いけますよ」ってメールしたら、次返ってきた田中さんのメールの一行目。
小木:うん
矢作:「やった」
二人:(笑)
小木:かわいいなぁ(笑)
矢作:かわいすぎるだろ!(笑)

 これである。許せない話、イライラした話の愚痴を話した後、しっかりと、「かわいい!」というようなエピソードを話し、その「イライラ感」のようなもの、人によっては感じていたかもしれない「不快感」じみたものを、吹き飛ばしているのである。許せない話をしているときにすら、しっかりと常識的な対応や「自分の言ってることが正当とは限らない」とアピールすることで、不快感を与えないよう、また、詭弁にならないようにしているのに*1、更にきちんと最後で気持ちいい話をするという徹底ぶり。
 冒頭で挙げた千原ジュニアの話し方だと、やはり「それは自分のルールを強制しすぎじゃないか?」と感じてしまい、それが笑いの邪魔となる。しかし、この矢作のやり方だと、その心配が全くない。
 今回は、矢作兼という芸人の視野の広さ、立ち回りのうまさ、頭の良さを、再確認できた回だった。

*1:しかも笑いの邪魔にならない形で