M-12008 NON STYLEの最終決戦でのネタを分析してみる

 正直今年のM-1には驚かされた。今まで結果に納得できなかったことはほとんどなかったのだが、今回はちょっとおかしいと思えた。それは、NON STYLEのネタでほとんど笑えなかったからだ。ではそのネタを冷静に一つ一つ分析し、良いところ悪いところを見極め、優勝の理由を見極めようと思う。そしてそこからM-1そのものについても少し考えようと思う。

分析

始まり。
突っ込みの井上(以下井上)の「ホラーが好き」というフリ。
ボケの石田(以下石田)の「やめとき、白い服着てるのにカレーうどん食べたらあかん。やめとき、やめときって。…ほら〜」
井上「そのほらーじゃないわ」。
石田、くいぎみで大きな声で「ほら〜」と繰り返す。
そこにかぶせるように井上の「そのほらーじゃない」

 テンポと間が良い。が、やはりボケの質は低い。つかみとしてはネタ開始からかなり早い段階であり、効果的といえる。

井上「俺が思てるのとだいぶちゃう」
石田、えっ?って感じで「ちゃう」
井上「俺が言ってるのはホラー映画」石田相槌。
井上「主人公は冗談半分で山奥にある病院の廃墟とかに入ってしまうねん」
ここで間髪いれずにコントに入る。石田、竹馬に乗ってるジェスチャー。
井上、怖そうに「おい石田ー来たはいいけ…何で竹馬乗ってんねん」
石田、太もも叩きで「わんぱくやから!」
井上突っ込み。

 石田のひょうきんなキャラが前面に押し出された演技で楽しい雰囲気を作っている。また、コントに入ってすぐにボケを入れることで、間延びさせずにテンポよく笑いを取ることに成功している。そして、「何で竹馬〜」のツッコミで笑いを生み、「わんぱくやから!」でさらに連続的に笑いを生んでいる。太もも叩きの手法の力だ。他の組なら「何で竹馬乗ってんねん!」で終わりになるところであろう。やはりテンポが良い。ここはボケもまあ及第点くらいか。が、ゲラじゃないお笑いファンはあまり笑えないレベル。

井上の「すっと歩いて来いよ」で再びコントへ。
井上「石田ー来たはいいけどここめっちゃ怖いやんけー」
石田「この建物昔、泌尿器科やったんやろ」
井上「雰囲気出えへんやろ!」
石田「あかん、ぞくぞくする!…尿道が」
井上「どこぞくぞくさせとんねん」
石田太もも叩きで「ハルンケア忘れた!」
井上「尿漏れ気にすな」

 「泌尿器科」、「ぞくぞくする…尿道が」、「ハルンケア」全てで笑いを生んでいる。一つのボケから発展してトンットンットンッと連続で笑いを生んでいるのだ。太もも叩きの一言があるため、他の組よりも安定して一つ多く連続して笑いを生み出すことができている。一つのボケのくだりで三回笑いを生むというのはそうはない。

井上「にしてもここ真っ暗やぞ〜」
石田、手に懐中電灯みたいなの持ってるジェスチャー
井上「おう、貸してくれ」石田貸す。「サンキュー」
石田「それちくわやで」
井上「何渡してくれてんねん」と同時にちくわを投げるジェスチャー。
石田太もも叩きで「小腹がすいてて」
井上「どうでもいいわそんなこと。そこは懐中電灯や。」

 やはりボケは微妙。が、こんな細かいボケでも二回笑いが入っている。
 ちくわを投げる細かいディティールなどには好感が持てる。

井上「懐中電灯パチッってつけるとなナースステーションに無数のカルテが散らばってんねん」カルテ、のあたりで声を若干怖くしている。
石田「うさぎさん、お耳が赤いよ」あたりで井上「ハイ」とカルタを取るジェスチャーと「それカルタや」
井上「俺が言ってるのはカルテ!」
石田「ひぃぃぃぃぃぃぃ!…ノリ突っ込み!」
井上「どこにおびえとんねん」
石田太もも叩きで「滑らせてしまった!」
井上「じゃあやるなお前」

 また一つのくだりで三つも笑いを生んでいる。これはかなりすごい。これを一度も間違えずにさらっとやってのけるのだから驚きだ。だた、私はこのくだりではクスリとも来ない。それは技術はあるけどおもしろくないからだ。「カルテとカルタ」はクソ詰まんないし、「ノリ突っ込みをいじる」もありきたり。また、俺の中では結構すべってるのに「滑らせてしまった!」って言われても「いや、いまだけじゃないし」と思ってしまう。
 あと、「じゃあやるな」って突っ込みはちょっとおかしい。ノリ突っ込みを勝手にやったのは井上で、別に石田がノリ突っ込みを要求したわけじゃない。「カルテとカルタを取り違える」をしたらノリ突っ込みをしなきゃならないという決まりはないし。

井上「そのカルテをいちまいパッと取ってみてみたらや、名前のところに石田明、お前の名前が書いてあんねん」
石田「はぁぁぅ、同姓同名や」
井上「そういうこと違うわ」
石田「親近感」
井上「どうでもいいわ」
石田太もも叩きで「ありふれた名前!」
井上「がまんせぇ!」

ここのテンポはとんでもない。「同姓同名」から「親近感」、「ありふれた名前」までに至るまで、なんと5秒かかっていない(!)。また、ここのボケは今までの彼らのボケの中ではかなりレベルが高いほうである。笑えた。
 「がまんせぇ!」って突っ込みはまた違和感を覚える。彼らはボケのレベルもあまり高くなく、突っ込みの語彙へのこだわりもあまり感じられない。全体の構成や技術は優れているが、ディティールにぼろが多い。構成や技術では個性はあまり出せない。彼らはディティール力が圧倒的に足りない。

井上「そこはお前が霊のターゲットになってんねん。怖くなって逃げ出してたら」ここの辺で走り出す。「どっからともなくクスクス、クスクスって笑い声が聞こえんねん」
石田「あ、チャック開いてた」
井上「そういうこと違うわ」
石田「笑うなよ〜」
井上食い気味で「じゃれるな霊と」
石田太もも叩きで「このひょうきんもの!」
井上「どっか行け腹立つな」

 またである。今度は約五秒で三回の笑いを生む脅威のテンポ。今回はまたボケのレベルがかなり低いが、笑える人にとっては「あははは、ふう、あははっはは、ふう、あははははははは!ひぃひぃ…」と笑いに笑いがかぶさってどんどんおもしろくなっているのだろう。笑える人にとっては、ね。俺には…。
 それにしても井上の喋りはうまい。噛まないし滑舌いいし速いし間もいい。それによってただでさえ一つのくだりで超短期間に何度も笑いを生むにもかかわらず、そのくだりとくだりの間もかなり短い。が、なんかかっこつけ風に喋るのが気になる。そういう個性は要らないよ。集中力をそがれる。

井上「ほんでどっかの部屋に逃げ込もうと思うけど鍵がかかってて入られへんねん」
石田「よっ!ナイス戸締り!」
井上「余計なこと言わんでええねん」
石田太もも叩きで「この盛り上げ上手!」
井上「黙っとけお前は」
石田「よっ!ナイス突っ込み!」
井上照れる
石田太もも叩きで「前言撤回」ここで客席拍手喝采
井上「しばいたろかお前、どういう意味やそれお前」

 「ナイス戸締り!」はおもしろいと思う。ここに来て二回目の笑いだったと思う俺は。
 拍手喝采の意味が分からない。「突っ込み」そのものとかちょっと引いた目で見たものをいじれば拍手という構造になっているのか。
 が、またテンポと間はすごく良い。

井上「ほんで唯一空いてる部屋にバーンとはいるやろ、そしたらなんとそこが、手術室。」
石田「やぁぁぁぁぁぁぁ!おまえ『ちゅちゅちゅしちゅ』ってちゃんといえる」
井上「雰囲気台無しや!」
石田「俺全然言われへんちゅちゅちゅしちゅってなってまう」
井上「いらんねんそんなん」
石田太もも叩きで「劣等感!」
井上「じゃあがんばれお前」

 ボケのレベルはやはりかなり低い。「手術室」と言えないというベタ過ぎることを平気でネタに入れてくる。
 だが、手術室だけでこんなに短く何回もボケることができているのはやっぱりすごい。最初の「ちゅちゅちゅしちゅ」から「劣等感!」まで、また約五秒である。
 また、もしかしたらこのボケは「どう?うちの井上手術室って難しいワードを噛まずにサラサラいえるよ?」ってアピールも入っているのだろうか。

井上「ほんで手術室に入るやろ、後ろのドアがバーン閉まって今まで聞こえてた笑い声がぴたって止むねん」
石田太もも叩きで「…すべった」
井上「そういうこと違うわ!静まりかえってんねん。そんでどっからともなく大きな唸り声!『うぁー!』」
石田「あっ、室伏」
井上「ちがうわー!」
石田太もも叩きで「ゆかのほうや」
井上「妹もおらへんねん」

 「すべった」はおもしろい。
 「うなり声」=「室伏」の発想は短絡的過ぎる。ベタ過ぎる。使い古されすぎてる。「室伏ゆか」=「妹」は彼らなりの変化球のつもりなんだろうが、おもしろくない。この辺のセンスをもっと磨かなければだめだ。笑えない。
 また、「静まりかえってんねん」という突っ込みだと「すべった」を否定できていないから若干の違和感が残る。

井上「ほんでな、この声どっから聞こえてんねんってパニックになったら、お前の携帯のメールの受信音がが鳴り響くねん」
石田「バイブにしてるわ」
井上「鳴ったらええやろ」
石田太もも叩きで「生真面目!」
井上「出すなそんな部分。そんでそのメールを見てみたらや」
石田「嘘やろ……なんや急に分かれようって」電話のジェスチャー。甘えた声で「やーやー」
井上「気持ち悪いわ」
石田太もも叩きで「おっしゃるとおり!」
井上「じゃあするな!」

 今までの突っ込みとはうってかわって「鳴ったらええやろ」「出すなそんな部分」と、その状況にかなりベストでスマートな言葉で突っ込みができている。
 ボケはまあまあ。悪くない。

井上「そこは今いる病院からメールが送られてきてて、『今からあなたを診察します』」
石田「保険証もって来てないって!」
井上「そんなことちゃうねん!」
石田、井上を揺さぶって「めっちゃ金とられんねんぞ!」
井上「どうでもいいわ!」
石田太もも叩きで「今月ピンチ!」
井上「何をゆうてんねんお前」

 「保険証もって来てない」は良いボケ。そこから「今月ピンチ!」までまた約五秒。すごい。何回このテンポを出す気だ。
 この辺の突っ込みはワードなんていいから語感がいいものをチョイスしている感がある。滑らかに聞き心地が良い流れである。

井上「ほんでそのメールには写真も貼り付けてあって、血まみれでのお前が手術台に横たわってる写真や」
石田「おい嘘やろ……俺こんなに頬骨出てる…」
井上「どこ気にしてんねん」
石田太もも叩きで「おかんからの遺伝!」
井上「どうでもええねんそんなこと」
石田「くそーこんな携帯」投げる。「ビヨーンビヨーン。」太もも叩きで「バネ付きのストラップ!」
井上「ストラップつけんなだから!」

 ストラップのかぶせはうまい(前のネタでかぶせたやつです、念のため)。
 これでもかなりテンポはいいのだが、もうあんまり驚かなくなっているところがすごいと思う。ボケとしては基本に忠実なパターンですね。あくまで予想の範囲内。
 これに発想力が乗っかればすごい漫才になると思うんだけどなぁ。

井上「そこは霊の好きにさしてたまるかって探しにいこうとせぇ」
石田「くそー!好きにさしてたまるかー!」
井上「おい石田」
石田「なんや」
井上「どこいくねん」
石田「医者の霊探し出しに行くねん」
井上「探し出してどうすんねん」
石田「わからんけど、みすみすやられてたまるか!」
井上「落ち着け!……俺も一緒に行く」
石田「井上ぇ…」
井上「俺に何があっても、お前絶対に助けてみせる」
石田「……生け贄ぇ…」
井上「井上や!土壇場で俺の事差し出すつもりやろ」石田めっちゃうなずく「うんうんちゃうわ」
石田太もも叩きで「ついつい本音が!」
井上「いうなそんなこと」

 この漫才でかなり特徴的なのがコントと漫才との行き来が激しいというところだ。「探しにいこうとせぇ」のすぐあとに「くそー!好きにさしてたまるかー!」とコントに入る旨を伝えずいきなりコントに入っている。そして「生け贄ぇ…」からの突っ込みでいきなり漫才へと戻る。この特徴はこの漫才中ずっとある。これは「じゃあ続きを」とか言う時間を省き、短縮するためであろう。また、コントと漫才がすばやく切り替わるため、スピード感が増して見える。
 「いうなそんなこと」という突っ込みにまたもや違和感が。「つい」言っちゃったんだからね。

井上「ほんで俺ら怖くなって窓から飛び出す!」二人で飛ぶジェスチャー「パリーン!」
石田「……むにゅ……あみど」
井上「ないとこ選べや!」
石田太もも叩きで「ハエの気持ち!」
井上「分からんでええねんそんなこと」

 そしてまたここではなぜか突っ込みがさえている。「ないとこ選べや!」「分からんでええねんそんなこと」これらはまただが、この状況にベストでスマートだ。とことんだめなところもあったりむしろベストなところがあったりと、突っ込みが安定しないのはなぜだろうか。特にこだわらずそれっぽい言葉を埋めているだけだから偶然良くも悪くもなるといったところだろうか。
 「あみど」というボケはかなりいいと思う。

井上「ほんで外に出たら外においてあるバイクにまたがって逃げんねん」バイクの擬音。
石田、腕を上に上げて手を前に突き出す。井上の横を何度も後ろに向かって過ぎ去っていく。
井上「街灯とかいらーん!」
石田大仏のポーズで過ぎ去る。
井上「大仏もないねん!」
石田太もも叩きで「このハッピー野郎!」
井上「家帰れ腹立つな」

 この辺のボケはなかなか。
 「家帰れ腹立つな」か。うーん、まあいいか。工夫するならもっとなんか言葉考えてほしいな。

井上「これで一安心かと思って、バイクのバックミラーみてみたら、お前の後ろに髪の長い女の医者の霊が写ってんねん」
石田「うぁーーーー!とか言いながらめっちゃタイプ」
井上「こわがれー!もうええわ」
石田「ありしたー」
終わり。

 最後の最後でスーパーベタ来ましたね。正直生で見てたとき完全に予想できた。
 ボケのパターンとして、全体的に「怖がり系の大声」→「実は違う」のパターンが多かったね。

総評

 やっぱりボケのレベルは全体的に低い。笑ったのは三回か四回くらい。あのボケの多さででこれはやばい。
 俺が勝手に「太もも叩き」と名づけた手法があることと、漫才のテクでボケの数を増やすことで、普通なら「フリ→ボケ→突っ込み→フリ→…」というループのところを「フリ→ボケ→突っ込み→ボケ→突っ込み→ボケ→突っ込み→フリ→…」という大きなループにすることに成功しており、四分間という制限があるM-1にはとても適したボケ詰め込み型の漫才を作ることに成功している。フリという笑いがない部分をかなり省けるため、全体として笑いの密度が上がる。今のM-1の審査基準だとこれはかなりでかい。しかも全体的にフリも短い。
 それによって生み出された五秒に三笑いという数字は驚異的だ。そのスピードのくだり何度も出し、それどころかくだり間の時間も喋りによって短縮されている。
 さらに、井上の喋りのテンポの速さは、普通の形式の漫才でやってもかなりの数のボケが詰め込めるくらいなので、相乗効果でかなりすごいことになっている。「笑えない……」という人は「客の笑い」を良く聞いてみてみるといいだろう。テンポのよさがかなり分かる。
 いかに「スピード」「ボケの数」に特化した漫才であるかが分かる。この面で彼らを上回る漫才師はそうはいないだろう。
 また、石田のあのひょうきんなキャラクターが「楽しそう」な印象を与え、笑いやすい空気を作っている。「どうだおもしろいだろう」という押し付け感がかなり薄れる。
 自分的に一切笑えないボケを「0」としていたため俺の中では低い評価となったが、それらもおもしろさが「0」なわけじゃなくて「2」とかはある。ただ、自分の中では「5」以上のボケじゃないと笑えない、というハードルがあるため、低評価となった。「2」のボケは「2」として評価したら低評価とはならないのかもしれない。
 しかし、それは「自分の感覚」ではなく「客観的に見ようとしたら」であるため、自分がまったく楽しめなくても高評価しなければならない漫才も出てくるということだ。それは自分に嘘をついていることになる。
 果たしてあの審査員達はNON STYLEの漫才で「笑って」投票したのだろうか?「笑って」はいないけど、「客観的に見ようと」すれば、「自分の感覚じゃないものさしで計れば」NON STYLEが優勝だ、としたのではないのだろうか?
 審査員達は「客観的に見る」ために呼ばれたんじゃない。お笑いとして活躍してきたその感性を買われて、「それぞれの感性で」良いか悪いか判断してもらうために呼ばれたのだ。そうじゃないならそういう審査マシーンでも開発してそれにやらせればいい。
 目の肥えた審査員達は決してあのネタで「笑って」はいないはずだ。おもしろい、技術があると「わかった」だけなのだ。それではいけない。「Don't Think. Feel!」である。
 しかし、今回はそうなった。「笑える漫才」でなく「おもしろいと分かる漫才」が優勝する。それが今のM-1グランプリの姿だ。
芸人評論・鳥居みゆき