M−1の向かう先と、漫才の「伝統芸能」化

 追記。最下部に、この記事に関連する(と思われる)toroneiさんのツイートと、それに対する僕のツイートのURLを貼りました。


『M−1グランプリ』とは何を目的に、何を審査しているのか?
 こちらは、人の感想を主観的に批判することによって自分の意見を言っていたtoronei氏が、今までと比べると客観的に書いていたり、今まではほぼ示してこなかった根拠のようなものを示すようになった、という進歩が見られる記事なのですが、この辺りから、M−1と漫才の向かう先について考えていこうかなあと思っています。
 上の記事の内容については、サンドの一本目は並列的だったため*1、「ショートストーリーか否か」で分けるのは若干説得力に欠けており*2、やはり未だサンキュータツオ氏の「手数論」「フィギュアスケート化」などの理論の方が説得力があるという点、審査員がポスト阪神・巨人、ポストカウス・ボタンを生み出したいと思っていると考えるのは結果論チックでムリヤリ感がある点など、細かく見ていけば穴らしき部分は見当たるのですが、そういった細かいことについては、あまり触れずに行こうと思います*3
 まず、「漫才」は決して「メジャーな舞台」にはなっていない。これは、しっかりとした長いネタをたくさん見たいと思っている私としても残念なことなのだが、依然、4分の漫才なんて、M−1以外では滅多に見られないというのが現状だ。それどころか、「笑いの金メダル」の初期や、「エンタの神様」の初期、その他いろいろとあった*4、4分程度の漫才を披露できる番組というのは、ここ数年でめっきり減った。故に、「メジャーの舞台で活躍できる漫才師を世に送り出す」ことが目的なのだとしたら、今現在は、活躍できる場なんて、ない。M−1本体とマイナーな舞台である「劇場」くらいだ。オンエアバトルも依然マイナー人気のままだ。それどころか、逆に、優勝していないオードリーは「レッドカーペット」という「メジャーな舞台」で漫才を披露している*5
 このように、漫才というのは実は全然メジャーなものではないのだ。では、このままの方向でM−1が突き進んでいくとどうなるのか、と考えると、逆にM−1、そして漫才が、さらに大衆のものではなくなっていってしまうのではないかと思えてくる。
 と、ここからは、冒頭の記事の「M−1の漫才=ショートストーリー」ではなく、「手数論」「フィギュアスケート化」を元に論を展開しようと思う。上や注訳に書いたとおり、前者は定義が曖昧だからだ。
 まず、このまま「ミスの少なさ」や「間を減らす技術」などが重視された審査が突き詰められていった場合、「おもしろさ」と「評価」がどんどんと乖離してくる。「(個人的には)おもしろくはなかったけど、技術があるから高得点」という評価が増えていく。それがどんどんと進んでいくと、「公表されていない隠れた審査基準」というものが、お笑いファンや芸人、審査員の間だけで徐々に固まっていき、その「一部の人間だけが知っている審査基準」をいかに満たすか、という大会になってしまう。ギターで難しい奏法があり、それを使いこなしている人の評価が高いが、実際、音を聞いてみると別に何の面白みもない、というような状況に近い。その奏法が難しいと知っている人間の間だけで「あれは、すごい!」という評価になる。
 この状況は、これから徐々に進行していくことが考えられる。2009年のM−1では、あまり表層化していなかったが、これから表層化していく可能性は十分にある。2009年の決勝進出者が、変化球が多かった中に正統派が数組、という構成だったため、上下や好みの差がはっきりとつきやすかった。しかし今後、テクニカルな正統派ばかりが決勝に並ぶことがあったときである。そのとき、「手数論」「フィギュアスケート化」*6のような「隠された審査基準」にのっとって審査されれば、上のギターの例のように、基準を知っている人間の中だけでの高評価な芸人が現れるという状態になりかねない。「コップの中の嵐」である。
 これはまさに、漫才の「伝統芸能」化ではないか。一部の人間の中の基準で戦い、それを突き詰めていき、新しさは受け入れない。冒頭の記事のように、実際に「漫才」が「メジャーの舞台」になっているのなら構わないが、上で書いたとおり、そうはなっていない。このままでは、漫才は衰退し、滅びていってしまうのではないだろうか。
 さらにいえば、オードリー、ナイツ、ハライチなど、非優勝勢のほうが、レッドカーペットという「メジャーな舞台」で戦える漫才を持っているという事実もある。この状況では、M−1が「メジャーの舞台で活躍できる漫才師を世に送り出」せているかという部分にも、やはり疑問を抱かざるを得ない。
 このように、考えてみると、あの記事だけが答えではなく*7、ネガティブな面もあるのだよ、ということを、書いておきたかった次第です。もちろん、同じくこの記事だけが答えでもないです。

*1:あと、オードリーが並列的っていうのもイマイチよくわからん。あと、ナイツもストーリーあるっちゃあるし。定義がゆるいなあと。

*2:ショートストーリーVSショートストーリーならどうなる? という問題も残るし

*3:もちろん、豊富な知識量など、読みどころはたくさんありますよ

*4:お笑いLIVE10!などなど

*5:NON STYLEも披露しているが、回数や人気に圧倒的な差がある。

*6:または「ショートストーリー」でもいいけども

*7:もちろん冒頭の記事の筆者はそれは分かっているのだろうけれど